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再びの”汝自身の神”

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「Sports Graphic Number 420」1997年6月発行。ナンバーといえば主にサッカーのノンフィクション記事が好きでよく買っていた。けれど、どうしてこの1冊だけ残っているのだろう。その疑問は雑誌を開いてみてすぐに分かった。「汝自身の神」。WGP500ccのチャンピオン、ウェイン・レイニーのノンフィクション記事だ。高山文彦というライターによるこの記事は、僕が最もレースが好きだった頃に活躍した、レイニーを中心として、ケビン・シュワンツ、マイケル・ドゥーハンの証言を記したものだ。ミサノの事故のこと、当時のレイニーの心情、シュワンツとミックが語るレイニー。そして監督となったレイニーが語るノリック(阿部典史)との出会い。彼等の語る言葉は、とても切なく胸を締め付ける。

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1993年WGP第12戦、イタリアミサノ。WGP500cc4連覇に手が届きそうだった彼を襲った事故。当時、WGPは深夜1時頃にテレビ大阪で放送していて、僕は毎週眠たい目を擦りながら見ていた。トップを走るレイニーがハイサイドで転倒。ヘリで運ばれる映像を見ながらも、次のレースには平気な顔ででてくるものと楽観視していた。レイニーは好きじゃなかった。強すぎたから。ポール・トゥ・ウィン、しかも独走が多く、レースが面白くなかったんだ。けれど、ミサノの事故により彼は下半身不随となり、再びWGPのグリッドにつくことは二度と無かった。そのシーズン、シュワンツはシリーズチャンピオンとなったものの、最大のライバルの引退によりモチベーションを失い、95年には引退した。そこからはミックの時代になるのだが、レイニーとシュワンツの不在により、WGPへの興味は薄れ、次第に見ることがなくなっていった。

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2003年日本GP。ヘリで運ばれる加藤大治郎の映像を見ているとき、昔のレイニーのことが頭をよぎり、レースが続けられるかはわからないけれど、きっと大丈夫だと思っていた。その楽観的ともいえる望みは叶わなかった。レイニーの事故以来、長くGPが開催されていなかったミサノに、「viale Daijiro Kato」(加藤大治郎通り)があるのも何かの縁を感じずにはいられない。motoGP見たくなってきたな。

とここまで書いてきて、気付いてしまった。6年ほど前にも、別の本を切欠に同じこと書いてた・・・ハハハ。


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tag : レイニー,シュワンツ,WGP,

2013-03-02 : 読書 : コメント : 2 :
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非公開コメント

衝撃的なクラッシュ・・・
通りすがりですが、あの日あの時ミサノに居ました。衝撃的なクラッシュでした。あのクラッシュが、彼が二度とグリッドに付けなくなるとは・・・。
2013-03-06 14:01 : でかせな URL : 編集
>でかせなさん
通りすがりにコメントありがとうございます!
シュワンツと違い、レイニーは転倒するだけで驚きでしたが、あんな大事になるとは思いませんでした。現地で見ていたら、尚更忘れられないでしょうね。
こういう話をしていると、当時の映像が見たくなって困ります。
2013-03-06 20:59 : Plum URL : 編集
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